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米澤嘉博代表逝去


2006年10月1日、コミックマーケット準備会の米澤嘉博代表が逝去されました。私はコミックマーケットの裏側を体験したくて2年間、コミックマーケット62~65で準備会スタッフ(館内担当)をやらせていただいたことがあって、米澤代表にはとてもお世話になったんですけど、10月1日の夜、当時のスタッフ仲間から米澤代表逝去のニュースが入ってきました。享年53歳。米澤家、コミックマーケット準備会、(有)コミケットの合同で、10月6日に通夜が、7日に葬儀・告別式が行なわれるということでした。しかし、私は『ウメズモ-楳図かずお物語-』の取材のため、10月2日から奈良県・和歌山県に出かけて1週間ほど東京に帰ってこない予定になっていました。取材対象の方々との約束があるため、残念ながら予定を変更するわけにも行かず、通夜、葬儀・告別式に参列できなかったので、心の中でご冥福をお祈りしました。


こちらは、コミックマーケット62最終日の撤収後、米澤代表からもらったサイン。右下には代表自身が描いた自画像イラストが。吾妻ひでお氏が考案していつもDr.モロー氏が描いているあの有名なたばこをくわえてて目つきが悪い似顔絵とはまた一味違うかわいらしさじゃないですか?私が以前つくった自主制作本の『ウメゾロジー』第1巻の発行年月日は2003年8月15日で、コミックマーケット64の初日にしてあるですけど、それにはやっぱり特別な意味があります。私は日本にコミケというものがあることを日本人として誇りに思っているのです。世界最大の同人誌即売会で、ましてや屋内で行なわれるイベントとしても世界最大なんて、その点だけ考えたって、もうすでにイカしてます。コミケをここまで育てた米澤代表はかっこよすぎです。初めてお話させていただいた時なんて、米澤代表が発散するカリスマ・パーティクルにやられて私はメロメロでした。米澤代表の熊本なまりの控えめなしゃべり方って萌えポイント高いです。熊本と言えば以前「米澤代表は、1950年代熊本県生まれのカルト集団代表者っていう意味では麻原彰晃と共通してますよね」と私が言った時、「熊本はそういうのが多いみたいで、ねずみ講の『天下一家の会』の代表(内村健一)も熊本出身なんだよねぇ…」と言って米澤代表は笑ってましたね。懐かしいです。コミケ準備会には「よねやんを囲む会」という、米澤代表と一緒にお茶しながら雑談する会があったんだけど、よねやんには女性ファンが少ない(?)とのことで、私は「『よねやんを囲む会』初の女性参加者」という称号を与えられました(笑)。けっきょく、去年の頭にブライアン・ウィルソンのライブ(スマイル・ジャパン・ツアー2005)の会場(国際フォーラム)でばったり会った日が、米澤代表とお会いした最後の日になってしまいました。グッズとか売ってる所の近くで、奥さん(ベルさん)と一緒に歩いている米澤代表を発見したので、驚いて「あっ米澤代表!」と声をかけました。UMEZZ.comとか楳図先生の話をしたのを憶えてます。現在私は『ウメズモ-楳図かずお物語-』という楳図かずお伝記漫画を描いているのですが、マイアイドル米澤嘉博代表は、『ウメズモ-楳図かずお物語-』を一番読んでほしい方の1人だったので、そういう個人的な意味でも、53歳の若さで逝去されたことを一層悲しく思います。(『ウメゾロジー』は、以前米澤代表に謹呈させていただいたんですけどね)

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米澤嘉博代表の著書(の一部)。たくさん面白い本を書いてくださってありがとうございました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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コメント

米沢さんは楳図かずおファンクラブ同人誌の『ウメズム』などにも寄稿されていましたし、漫画史の視点から楳図かずお論をまとめていただけたかもしれないと思うと残念です。
米沢さんが亡くなったことは新聞などでも大きく取り上げられましたが、それらの記事を読んで、いかに巨大な存在であったかをようやく知った次第です。

似顔絵でもたばこをくゆらせる姿で描かれるほど愛煙家だったわけなので肺ガンが原因で逝ってしまわれたことはある意味本望なのかもしれませんが、早すぎましたよね。53歳の若さですから、ほんとうに残念ですね。

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