テキサス・チェーンソー ビギニング(1)


吉祥寺バウスシアターでリー・アーメイが保安官役で出演の『テキサス・チェーンソー ビギニング』を観た。あぁ、アーメイ様、素敵すぎます。いつかハートマン軍曹にコスプレしてアーメイ様に会いに行きたい。
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吉祥寺バウスシアターでリー・アーメイが保安官役で出演の『テキサス・チェーンソー ビギニング』を観た。あぁ、アーメイ様、素敵すぎます。いつかハートマン軍曹にコスプレしてアーメイ様に会いに行きたい。


新宿武蔵野間でウディ・アレンの「マッチ・ポイント」を観た。ウディ・アレン作品ベスト10に入るくらいかな~~りよくできてました。アニー・ホール、SEXのすべて、ラジオ・デイズ、マンハッタン殺人ミステリー、おいしい生活、スリーパー、地球は女で回ってる、私の中のもう一人の私、夫たち、妻たち……の次くらいに好きっす。どーでもいいけど「バナナ」の新政権のリーダーって、庵野秀明にすごく似てませんか?

新宿で、松竹の角田まこと氏と「ギザ恐コレクション」に関する打ち合わせをした。待ち合わせ場所は、角田まこと氏指定のディスクユニオン。

角田まこと氏おすすめのさくら肉専門店「みの家」へ。

馬の肉って珍しいですよね。私は初めて食べましたよ。(犬肉とかカンガルー肉なら食べたことあるんだけど)

こちらが出来上がった状態のさくら鍋。

さくら肉の磯辺揚げ。

うちの近くにあるパン屋は不思議な店です。おばさんが一人で店番をしているカウンター形式の小さな店なのですが、朝の6時頃開店して朝10時頃には閉まってしまいます。私のよく通る道沿いにある店なので、通り際に何気なく目に入ってくるし、ごくごくたまにそこでパンを買うこともあるのです。パンには、種類ごとに、名称と値段がマジックで手書きされた札が付いています。写真は「ミネラル」ですが、バタークリームのはさんであるコッペパンのどこらへんが「ミネラル」なのかが謎です。あと、「上かけ」というパンもあったと思います。たしかにチョコレートがパンの上にかかっているものなのですが、≪パンに何がかかっているか≫よりも≪パンのどの面にかかっているか≫を重要視する独創的な姿勢には、感動すら覚えました。この店では、玉子サンドやハムサンドやカツサンドには、区別なく「中ばさみ」かなんかの名前が与えられるのでしょうか。それと、「やさい」というパンもあったと思うのですが、コッペパンにキュウリのみがはさまっているのです。私の知る限り、ここ数年欠かさず店頭に並んでいる模様なので、なんらかの需要はあるんでしょうね。そんな店なので、ここ数年間目が離せずにいました。その所為でしょうか、先々月のある日、そのパン屋の前を通った際、「この度、閉店することになりました。42年間ご愛顧有難うございました」という旨のことが書かれた紙が閉まったシャッターに貼られているのを見たときには、一抹のさびしさをおぼえた私です。だいいち42年間も営業していたんだから、けっこう歴史のあるお店だったんですよね。それ以来、数週間、シャッターの閉まったその店の前を通る度、42年間の重みに敬意を払いたいという気持ちになりました。ところが、先々月下旬、その店は、何事もなかったかのように、営業を再開したのです。ほんとうに不思議なパン屋です。

ロッテのラム・スカッチという飴の袋を開封したら、2個入ってた。

2006年11月4日(土)、東京タワーで、UMEZZ.comの第1回オフ会が開催されました。

東京タワー大展望台まで600段の階段をみんなで昇って「ノッポン公認 昇り階段 認定証」をもらいました。

こちらは認定証の裏面。オフ会参加者のみなさん、お疲れさまでした!

巣鴨の「焼肉 味楽園」でUMEZZ.comの打ち合わせをした。

レモン汁があまりに透明だったので、お皿に入っていることに気付かず、お皿を移動する際、レモン汁を椅子にこぼしてしまった。店員さんすみませんでした。

2006年11月11日(土)、秋葉原の石丸電気ソフト2で、『猫目小僧』DVDの発売記念イベント「楳図かずお先生の手形押そう会」が行なわれました。

今回、金子デメリンはアシスタントを務めさせていただきました。

左から、本イベントの企画者で宣伝プロデューサーの角田まことさん(松竹)、楳図先生、そして金子デメリン。

楳図先生がグワシ!!と登場。

「透明の猫目小僧」を紹介する楳図先生の一人芝居には拍手が沸き起こりました。

「猫目小僧」「見ろよ!この目を」の2曲を熱唱する楳図先生。私もバックダンサーをやらせていただきました。

次に、メインイベント手形押そう会。ファン一人一人と話しながらしっかり手形を押していく楳図先生。

手がこんなに赤くなってじまったのら!ギョエーッ!!

猫目小僧風の爪が描き足された手形がシブい!!

この日は、金子デメリンがアシスタントとして楳図先生を応援。手形押しで忙しい楳図先生に代わり、参加者へのプレゼントのカードに1枚1枚心を込め「猫目小僧スタンプ」を押させていただきました。

なお、今回、角田まこと&金子デメリンの司会ユニットは、西村大志氏(松竹)により、「ロー テンションズ」と命名されました。「ロー テンションズ」の今後の活動にご注目クダサイ!
【関連記事】
●eiga.com 楳図かずおの手形会にホラー・ファン集結!
http://www.eiga.com/buzz/061114/07.shtml
●ギザ怖コレクションHP 11.11「猫目小僧」イベント報告!
http://www.gizakowa.jp/2006/11/1111.shtml#more
●ギザ怖コレクションHP 只今特訓中!
http://www.gizakowa.jp/2006/11/post_7.shtml#more
●ギザ怖コレクションHP UMEZZ.COM連動企画 近日オープン!
http://www.gizakowa.jp/2006/11/umezzcom.shtml#more
松竹株式会社より販売のホラーDVDシリーズ「ギザ恐コレクション」の公式HPで、金子デメリンが、4コマ漫画『ギザ恐こぼれ話』を描かせていただいております。『ギザ恐こぼれ話』は来年まで複数回続けて掲載される予定です。よろしくお願いします。
【関連記事】ギザ恐コレクションFeaturing UMEZZ.COM
http://www.gizakowa.jp/umezz/01.html
2006年10月2日~11日にかけて、『ウメズモ-楳図かずお物語-』の取材で、奈良県・和歌山県に行ってまいりました。

楳図先生が通った五條中学校跡地にて。今は移転してますが、門柱だけが残ってました。

楳図先生が7歳から27歳まで住んでいた家とその周辺。楳図先生の幼馴染の井上富雄さん宅3階の窓から撮影させていただきました。

奈良県立五條高等学校にて。建物のデザインが個性的。

楳図先生がたびたび登ったという金剛山。富士山を凌ぎ、日本で1番年間登山者数が多いとか。

楳図先生が20年間通った栄湯にて。レトロな内装が素敵です。

楳図先生が通った五條小学校。校舎は変わったけど場所は今でも変わってません。

巨大な柿の形をした柿博物館。奈良県五條市は、日本一の柿の町だとか。

五條市役所にて。

楳図先生が3歳~6歳頃を過ごした曽爾村にて。築120年の民宿「木治屋」に泊まりました。

楳図ホラーの源流となった、小太郎岩。

楳図先生が生まれた高野山の町にて。楳図先生御用達の店「中央食堂さんぼう」で精進料理を食べました。
今回は簡単なレポートにとどめますが、今回の取材旅行については『ウメズモ-楳図かずお物語-』完成後に改めてネット上で写真を使用し詳しくレポートしていきたいと思います。奈良県曽爾村、奈良県五條市、和歌山県伊都郡高野町のみなさん、お世話になりました!!

奈良新聞10月16日号に、金子デメリンが紹介されました。
五條市で育った漫画家、楳図かずおさんを描いた漫画を執筆中の金子デメリンさん。楳図さんの公式ホームページの運営スタッフ。「五條を知りたい」と東京から来県し、同市で十日間、楳図さんの同級生らを訪ね歩いた。「本当に人情の町でした。証言もたくさん取れたし、レトロな風景が残っていて実感が沸いた」。作品は、来年夏ごろに小学館から発刊予定で「見た風景をしっかり漫画におこします。五條色は、めちゃめちゃ強くなりそう」という。母親が楳図さんの大ファンだったことから、自身もファンに。楳図さんが通った銭湯「栄湯」で、頼み込んで男湯に入り、本願成就。ペットボトルで湯を持ち帰って親孝行するという。

2006年10月1日、コミックマーケット準備会の米澤嘉博代表が逝去されました。私はコミックマーケットの裏側を体験したくて2年間、コミックマーケット62~65で準備会スタッフ(館内担当)をやらせていただいたことがあって、米澤代表にはとてもお世話になったんですけど、10月1日の夜、当時のスタッフ仲間から米澤代表逝去のニュースが入ってきました。享年53歳。米澤家、コミックマーケット準備会、(有)コミケットの合同で、10月6日に通夜が、7日に葬儀・告別式が行なわれるということでした。しかし、私は『ウメズモ-楳図かずお物語-』の取材のため、10月2日から奈良県・和歌山県に出かけて1週間ほど東京に帰ってこない予定になっていました。取材対象の方々との約束があるため、残念ながら予定を変更するわけにも行かず、通夜、葬儀・告別式に参列できなかったので、心の中でご冥福をお祈りしました。

こちらは、コミックマーケット62最終日の撤収後、米澤代表からもらったサイン。右下には代表自身が描いた自画像イラストが。吾妻ひでお氏が考案していつもDr.モロー氏が描いているあの有名なたばこをくわえてて目つきが悪い似顔絵とはまた一味違うかわいらしさじゃないですか?私が以前つくった自主制作本の『ウメゾロジー』第1巻の発行年月日は2003年8月15日で、コミックマーケット64の初日にしてあるですけど、それにはやっぱり特別な意味があります。私は日本にコミケというものがあることを日本人として誇りに思っているのです。世界最大の同人誌即売会で、ましてや屋内で行なわれるイベントとしても世界最大なんて、その点だけ考えたって、もうすでにイカしてます。コミケをここまで育てた米澤代表はかっこよすぎです。初めてお話させていただいた時なんて、米澤代表が発散するカリスマ・パーティクルにやられて私はメロメロでした。米澤代表の熊本なまりの控えめなしゃべり方って萌えポイント高いです。熊本と言えば以前「米澤代表は、1950年代熊本県生まれのカルト集団代表者っていう意味では麻原彰晃と共通してますよね」と私が言った時、「熊本はそういうのが多いみたいで、ねずみ講の『天下一家の会』の代表(内村健一)も熊本出身なんだよねぇ…」と言って米澤代表は笑ってましたね。懐かしいです。コミケ準備会には「よねやんを囲む会」という、米澤代表と一緒にお茶しながら雑談する会があったんだけど、よねやんには女性ファンが少ない(?)とのことで、私は「『よねやんを囲む会』初の女性参加者」という称号を与えられました(笑)。けっきょく、去年の頭にブライアン・ウィルソンのライブ(スマイル・ジャパン・ツアー2005)の会場(国際フォーラム)でばったり会った日が、米澤代表とお会いした最後の日になってしまいました。グッズとか売ってる所の近くで、奥さん(ベルさん)と一緒に歩いている米澤代表を発見したので、驚いて「あっ米澤代表!」と声をかけました。UMEZZ.comとか楳図先生の話をしたのを憶えてます。現在私は『ウメズモ-楳図かずお物語-』という楳図かずお伝記漫画を描いているのですが、マイアイドル米澤嘉博代表は、『ウメズモ-楳図かずお物語-』を一番読んでほしい方の1人だったので、そういう個人的な意味でも、53歳の若さで逝去されたことを一層悲しく思います。(『ウメゾロジー』は、以前米澤代表に謹呈させていただいたんですけどね)

米澤嘉博代表の著書(の一部)。たくさん面白い本を書いてくださってありがとうございました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。